2021年3月28日日曜日

文化大革命は何だったのか?

先日、中国の映画を見て文化大革命のことを思い出し、楊 継縄 Yang Jisheng著「文化大革命五十年」(岩波書店2019)を図書館で借りてきた読んだ。

プロレタリア文化大革命は1966年から1976年までの10年余の長い間続き、毛沢東の死が引き金となり終わった。ちょうど世界的な学生運動の時期と重なり毛沢東崇拝者が中国だけでなく世界中に現れた。しかし、
文化大革命の実態は権力闘争であって、そこに学ぶべき思想はなかった。

 
文化大革命の歴史的な研究は中国では公にできず、中国の公式の歴史から抹殺されようとしている。しかし、今の中国を考える上でも文化大革命の歴史的検証は重要だと思われる。

著者のYang Jishengは当局の圧力を受けており2015年に『炎黄春秋』誌から離任させられた。言論の自由が中国にはない。

思い出すのは、中国政府を批判し有罪となり、服役中にノーベル平和賞を受賞した劉暁波(1955-2017)のことである。彼が求めていたのは人間の自由である。本人がいない授賞式典で読まれた文章から。

憎しみは人類の知恵と良心を腐らせ、敵対意識は民族の精神を傷つけ、生きるか死ぬかの残酷な闘争を煽り、社会の寛容性と人間性を破壊し、1つの国家が自由と民主主義へと向かう道のりを阻むものだ。私は個人的な境遇を超越し、国家の発展と社会の変化を見据えて、最大の善意をもって政権からの敵意に向き合い、愛で憎しみを溶かしたい。

私は望んでいる。私の国が表現の自由がある場所となることを。全ての国民の発言が同等に扱われるようになることを。

そこでは異なる価値観、思想、信仰、政治的見解が互いに競い合い、平和的に共存できる。多数意見と少数意見が平等に保障され、特に権力者と異なる政治的見解も、十分に尊重され、保護される。ここではあらゆる政治的見解が太陽の光の下で民衆に選ばれ、全ての国民が何も恐れず、政治的意見を発表し、異なる見解によって迫害を受けたりしない。
 

 文化大革命の時代の粛清による死者の数は確定していないが夥しい数である。人間の間の憎悪がいかに恐ろしいものであるかを思った。

 文革後、改革開放政策により中国の経済は拡大したが、一部の人に富は集中し貧富の格差が拡大している。政治は一党独裁である。



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