2013年2月2日土曜日

モデル生物と非モデル生物

生物学の研究材料として一般に「モデル生物」とされているものがいくつかある。わたしが用いているキイロショウジョウバエもそのひとつである。「モデル生物」という言葉は20年前ほどからよく使われ出したように思う。だれがこのような言葉を作り出したのか? 分子生物学が盛んになった頃からか。大腸菌が最初の「モデル生物」だろう。

キイロショウジョウバエはモルガン以来研究に使われているが、モデル生物と急に言われ出してもねという気持ちがある。「モデル生物」という言葉を使うことにわたしは少し抵抗感がある。ひとつは「私の実験材料はモデル生物だといばっている感じ」がすることだ。

昔ある会合で「ショウジョウバエは虫ではなくて実験材料だ」と冷笑的に言っていた昆虫学者いた。分子生物学から参入してきた研究者がショウジョウバエを単にモデル生物としか見ていないことを批判したものである。わたしは一貫してショウジョウバエを昆虫として研究をしてきたつもりである。

「モデル生物」が備えなければならない特徴は、遺伝的な解析手段が可能かがポイントである。突然変異体の分離、遺伝子のマッピング、遺伝子の機能阻害、トランスジェニック手法などである。

昔は「モデル生物」でなかったものが近年「モデル生物」となったものがある。先駆的なのが、Sydney Brennerが確立した線虫C. elegansである。彼は突然変異体の分離から始めてその基礎遺伝学を一人で築き上げたのである。

シロイヌナズナ、ゼブラフィッシュもC. elegansと 同様に「モデル生物」にのし上がった実験材料である。「モデル生物」の特徴のひとつに飼育の容易さがあるが、ゼブラフィッシュは多数の系統を維持するに は水槽のスペースなどがたいへんでコストは高いだろう。ただ、ゼブラフィッシュはGal4/UASの系も確立しており遺伝的解析手段は豊富だ。

私はこれまでの共同研究で、センチニクバエ、クロコオロギ、蚊、ウリミバエ、アゲハを使ってきた。蚊の飼育経験はないが、ニクバエはレバーを買ってきて、コオロギ はネズミの固形飼料でラボで飼育した。ミバエは沖縄の虫工場でサンプリングしていた。ニクバエの飼育の匂い、コオロギの共食い、ミバエは死んでいても沖縄からの持ち出しに許可がいるとか実験外にもたいへんなことがある。このような材料を身近に扱うことによって、ショウジョウバエでは研究できないテーマについても学んできた。ショウジョウバエでは絶対研究できない行動は羨ましく思っている。

ショウジョウバエはモデル生物の代表であるが、モデル生物という言われ方で見落とされてきたことがあるように思う。例えば、遺伝的に均一な系統(ショウジョウバエの利点は近親交配が可能であったこと)を用いているというが、同じCanton-Sでもラボごとに違うはずである。さらに、野外の集団にある変異が無視されてきた。

非モデル生物の研究の方が面白いということもある。ただし非モデル生物の利点を生かした研究である。モデル生物の利点でゲノムが解読されているという点については、いまやどのような生物種でも可能になっているので利点ではない。

たしかに非モデル生物の研究者は冷遇されている。よほど自分が使っている実験材料の利点を魅力的に述べないと研究費が獲得できない。またモデル生物の研究を無視していては評価されない。モデル生物ではできないような実験を行わないとトップジャーナルに論文が出ない。フンコロガシが天の川を見てナビしているという仕事のように。

その意味で今回、共同研究のアゲハの電気生理が論文が、ほとんどが脊椎動物で、モデル生物の研究ばかりが出るJournal of Neuroscienceに載ったことは画期的なのである。

2 件のコメント:

K@KlΖ0e さんのコメント...

先生以外の方になるべく特定されないようにするために,変な名前でのコメントをお許し下さい.

私自身はどちらかと言えば,モデル生物と呼ばれる生物を生物学的にはありがたく思いつつも冷ややかな目で見つめている立場です.
フンコロガシの話はニュースでは拝見しましたが,大学の学部生アカウントでは発行から1年以内はsummaryまでしか読むことができませんでした.summaryを読んで,その実験にいくつか疑問がわきました.先生のところを訪ねましたら,その全文を拝読することは可能でしょうか.

teiichi tanimura 谷村 禎一 さんのコメント...

あるいは直接ラボにおいで下さい!