2015年3月26日木曜日

寛容あるいは人間の優しさについて



皆さんが入学した時、日本は東北大震災による大混乱にただ中にあったことを思い起こします。それから4年が経過しました。

「ご卒業おめでとうございます」というのが、この場での定番の挨拶ですが、今日は少し辛口のことも述べさせていただきます。3つ問いについて短い話をさせていただきます。まず、卒業証書の価値を考えてみます。次に私たちはどのような 時代に生きているのか?最後に、みなさんに贈る言葉として、今の時代でもっとも大切なことは何かをお話しします。


 即物的にいえばこの卒業証書は皆さんが4年間に支払った授業料の対価でしょう。しかし、大切なことは皆さんが4年の間に大学で何を学んだか、将来の方向性について何を決めたか、何を得たかです。就活のエントリーシートや面接の自己アピールで、大学生活で何を得たかで多いのは残念ながら「アルバイト経験」だそうです。なぜ、勉学をアピールしないのでしょうか。でも、企業が大学で何を学んだかを問題にしないのなら、おかしな状況になっていると思います。

 大学の単位は講義の時間だけでなく、予習、復習の時間も入っています。単位数に似合うだけの勉強をした方もいれば、一方、最小限の努力で卒業に必要な単位数を満たすことでやってきた方もいるでしょう。日本の大学の卒業認定は甘いです。教育のシステムが違うので単純な比較はできませんが、米国では卒業できるのは入学者の半数です。しかし、大学の勉学については、皆さんの講義に 対する態度だけでなく、教員がどのような講義と指導を皆さんに提供できたかも問題にしないといけません。その点で教員は反省すべきことが多いと私は思います。これから確実に大学は大きく変革されていきますが、それがよい方向に変化することを願っています。

 皆さんも、それぞれ、卒業証書の価値について思うところがあると思います。しかし、過去は過ぎたことです。むしろ皆さんは、これまでの反省に立って、これからの人生の日々をよりよく生きることを心がけてほしいと思います。

 さて、わたしたちはどのような時代に生きているのでしょうか。この4年の間、日本は大震災と原発の事故から何を学んだのでしょうか。わたしたちが生きている時代を知る必要があります。ホモ・サピエンスという生物種は、どうして同種内で、様々な憎しみによって殺し合いをするのでしょうか。テロリズムがこのところ大きな問題になっていますが、テロに対する戦いという主張がテロさらを助長しているのではないでしょうか。なぜならテロと戦うにはテロリストを殺すしかなく、そのことによりさらに憎しみが増すという悪循環になるからです。このような政治状況を皆さんはどのように考えますか?


 先日、欧州旅行から帰ってきた学生と話しました。彼がヨーロッパの若者と話をしていたら、日本の政治状況について訊かれて答えられなかったといいます。今の時代において、 政治についても自分の意見、考えを述べることが大切です。インターネットで様々な情報は得られる時代ですが、人間は賢くなっていません。むしろ、逆ではないでしょうか。皆さんは、生物学という狭い世界に閉じこもっていてはいけません。日本、九州、九大という狭い世界に閉じこもっていてはいけません。もっと 外の世界を知るようにしてください。私は最近、韓国に頻繁に行きますが韓国の多くの人々は日本が好きで、マスコミで言われているような険悪な日韓関係を感じたことがありません。皆さんも旅に出て下さい。そして、肌でまた舌でいろいろなことを感じてください。

 最後に、そのような時代を生きる私たち人間に、あるいは生物として大切なことは何かを考えてみましょう。その答えはひとつではないでしょうし、人によって違うでしょう。ここで私が述べることは、私の個人的な考えですが少しでも参考になればと思います。私たちが、ある生物を研究するとき、その動物のことをどこまで知っているのでしょう。私はショウジョウバエを研究してきましたが、ハエが何を考えているのか、ハエの心はまだわかりません。他の生物に対しても、私たちが知っていることはごく一部です。科学がこれだけ進歩しても、人間が理解しているのはほんのわずかであると思います。同じ人間であっても互いの理解が難しいです。

  私が大切だと思うのは、多様性に対して「寛容」であることです。寛容とは他者を尊重することであり許し合うことです。人種、文化、風習、宗教において地球上の人間は多様です。違いを受いけいれることが大切です。国同士の問題もそこにあると思います。日本人の中にあっても同様です。日本の社会は国内でも他の国対しても人々が非寛容になっていると思います。世間では、中身はどうであれ、九大卒というラベルをもつ皆さんは強者に属します。しかし、この世には弱い人もいます。強い人はその強さだけを誇るのではなく、弱い人への寛容と配慮ができる人になってほしいと私は思います。これが、私がお伝えしたいと思ったメッセージです。これから、福岡を離れて社会に出る方も、研究室にとどまる方もおられますが、思いを新たにしてそれぞれの道を歩んで下さい。

 卒業おめでとうございました。

         2015.3.25 生物学科 学位記授与式におけるメッセージ

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