論文にはそれぞれの物語があります。今回の論文は、私が頻繁にドイツに行くきっかけとなった仕事で、2007年頃に共同研究が本格的に始まりました。tanlabからは3名がデータを供給しています。この研究の過程で、栄養価学習の論文が
生まれました。最初の論文が仕上がってから発表までに3年も要した理由は、筆頭著者がこの仕事でPhDを取得してから研究の場を離れたので、投稿、改訂作業に手間取ったからです。昨年の夏に私が2週間MPIを訪問したときに連日改訂作業を行いようやく再投稿できました。2010年に投稿したときには厳しいコメントがついたのですが、時代の流れが変化したおかげで今回はす
んなりとアクセプトになったのです。「時代の流れが変化した」効果とは査読者の評価が流行に影響されていることを示しています。
F. Gruber, S. Knapek, M. Fujita, K. Matsuo, L. Bracker, N. Shinzato, I. Siwanowicz, T. Tanimura and H. Tanimoto
Suppression of Conditioned Odor Approach by Feeding Is Independent of Taste and Nutritional Value in Drosophila. Current Biology 23, 1-8 (2013)
概 要
ショウジョウバエの匂いと報酬の連合記憶発現を制御する「満腹」のシグナルが意外なことに食物の味や栄養価に依存しないことを薬理・電気生理・行動実験を組み合わせることによって明らかにしました。本研究成果は、2013年3月7日正午(米国東部時間)にCurrent Biology誌オンライン版に掲載されます。
背 景
昆虫にとって、匂いと食物を関連づけて覚えておくことは重要な学習能力です。ショウジョウバエも、砂糖報酬によって形成された連合記憶を用いて特定の匂いに誘引されますが、そのためにはまずハエが空腹であることが必要です。空腹が記憶の行動発現の動機付けになっているからです。匂いと食物を関連づけて覚えたことは、満腹になることでその記憶を使う必要がなくなります。では、記憶発現を抑制するその「満腹感」の実体は何なのでしょうか。
これまでの考えによると、「満腹」のシグナルは食べた食物の栄養価や食べた量であると考えられてきました。しかし、今回の共同研究で学習実験と摂食定量実験などを行い、連合記憶の発現を抑制する「満腹」のシグナルが浸透圧であることを解明しました。
内 容
多くの動物がそうであるように、ショウジョウバエの体液でも、主要なエネルギー源となる血糖はグルコースです。昆虫の場合、グルコースは二糖類であるトレハロースを分解して産生されます。そこで、トレハロースを食べても体内で分解できないようにトレハロース分解酵素の阻害剤を混ぜて食べさせました。しか し、記憶発現への抑制効果に変化はありませんでした。
アラビノースという糖は、ショウジョウバエにとって甘くはありますが栄養価は全くありません。このアラビノースを与えても、同様に抑制効果に変化はありませんでした。これらの結果は、食べるものの栄養価が抑制効果には重要でないことを意味しています。さらに食べた量とも関連性がないことがわかりました。
糖に塩やカリウム、アミノ酸のグリシンを混ぜると味が変わり甘みは抑制されますが、意外なことに、これらの混合物にはすべて記憶発現の抑制効果がありました。すなわち、甘さにも栄養価にも関係なく、食物の浸透圧が 高いことが「満腹感」を抑制する有効なシグナルであることがわかりました。
さらに、遺伝的技術を用いて、人間のグルカゴンに相当するハエのホルモンであるAKHを人工的に放出させ、ショウジョウバエの血中浸透圧を上昇させました。すると、実際にはショウジョウバエは何も食べてい ないにもかかわらず、同様の「満腹感」の抑制効果が確認されました。
効 果
浸透圧は食べ物の「濃さ」の指標ととらえるこ ともできます。これが満腹感のシグナルの一部であることは、満腹感がカロリーなどの単一因子により制御されているという従来考えられていたメカニズムとは 大きく異なります。ハエの体内における空腹度に依存した摂食行動と記憶の行動発現を制御するメカニズムは単純ではないことを示しています。
今後の展開
ショウジョウバエが体内に持っていると考えられる浸透圧センサーが、どのような仕組みで働いて摂食行動を制御しているのかを知ることが次の課題です。
F. Gruber, S. Knapek, M. Fujita, K. Matsuo, L. Bracker, N. Shinzato, I. Siwanowicz, T. Tanimura and H. Tanimoto
Suppression of Conditioned Odor Approach by Feeding Is Independent of Taste and Nutritional Value in Drosophila. Current Biology 23, 1-8 (2013)
ショウジョウバエの味と匂いの連合学習の解除シグナルは、甘さでも栄養価でも食べた量でもなく、食物の浸透圧であることを発見
概 要
ショウジョウバエの匂いと報酬の連合記憶発現を制御する「満腹」のシグナルが意外なことに食物の味や栄養価に依存しないことを薬理・電気生理・行動実験を組み合わせることによって明らかにしました。本研究成果は、2013年3月7日正午(米国東部時間)にCurrent Biology誌オンライン版に掲載されます。
背 景
昆虫にとって、匂いと食物を関連づけて覚えておくことは重要な学習能力です。ショウジョウバエも、砂糖報酬によって形成された連合記憶を用いて特定の匂いに誘引されますが、そのためにはまずハエが空腹であることが必要です。空腹が記憶の行動発現の動機付けになっているからです。匂いと食物を関連づけて覚えたことは、満腹になることでその記憶を使う必要がなくなります。では、記憶発現を抑制するその「満腹感」の実体は何なのでしょうか。
これまでの考えによると、「満腹」のシグナルは食べた食物の栄養価や食べた量であると考えられてきました。しかし、今回の共同研究で学習実験と摂食定量実験などを行い、連合記憶の発現を抑制する「満腹」のシグナルが浸透圧であることを解明しました。
内 容
多くの動物がそうであるように、ショウジョウバエの体液でも、主要なエネルギー源となる血糖はグルコースです。昆虫の場合、グルコースは二糖類であるトレハロースを分解して産生されます。そこで、トレハロースを食べても体内で分解できないようにトレハロース分解酵素の阻害剤を混ぜて食べさせました。しか し、記憶発現への抑制効果に変化はありませんでした。
アラビノースという糖は、ショウジョウバエにとって甘くはありますが栄養価は全くありません。このアラビノースを与えても、同様に抑制効果に変化はありませんでした。これらの結果は、食べるものの栄養価が抑制効果には重要でないことを意味しています。さらに食べた量とも関連性がないことがわかりました。
糖に塩やカリウム、アミノ酸のグリシンを混ぜると味が変わり甘みは抑制されますが、意外なことに、これらの混合物にはすべて記憶発現の抑制効果がありました。すなわち、甘さにも栄養価にも関係なく、食物の浸透圧が 高いことが「満腹感」を抑制する有効なシグナルであることがわかりました。
さらに、遺伝的技術を用いて、人間のグルカゴンに相当するハエのホルモンであるAKHを人工的に放出させ、ショウジョウバエの血中浸透圧を上昇させました。すると、実際にはショウジョウバエは何も食べてい ないにもかかわらず、同様の「満腹感」の抑制効果が確認されました。
効 果
浸透圧は食べ物の「濃さ」の指標ととらえるこ ともできます。これが満腹感のシグナルの一部であることは、満腹感がカロリーなどの単一因子により制御されているという従来考えられていたメカニズムとは 大きく異なります。ハエの体内における空腹度に依存した摂食行動と記憶の行動発現を制御するメカニズムは単純ではないことを示しています。
今後の展開
ショウジョウバエが体内に持っていると考えられる浸透圧センサーが、どのような仕組みで働いて摂食行動を制御しているのかを知ることが次の課題です。